こんにちは。ぱなしのお玲です。
これの続きです。
課長と派遣の人のお陰で、私の発達障害理解が近頃、グングン進んでいます。
「発達障害の人は生きづらい」と言うが、何が具体的に生きづらさをもたらしているのか。
それを、実際に体験しながら学んでいます。さしずめ、リアルタイム・ケーススタディといったところ。
けっこう、面白いです。確かに大変ではありますが、実に興味深いんですよね。
だから、この二人に関しては「本当に、もう!」という気持ちと、「ありがてぇ」という感謝の気持ちが、両方あったりします。
というわけで、その理解を一旦まとめようと思います。
まず第一に、発達障害だと、複数の障害を持っているのが一般的であるという点です。
私は自閉症スペクトラム(ASD)ですが、他に
- 注意欠如・多動症(ADHD)
- 反抗性挑戦障害(ODD)
- 発達性協調運動症(DCD)
を併せ持っています。加えて二次障害のうつ病もありましたが、こちらは寛解していますので除きました。
1つだけでも厄介なのに、それをいくつも抱えている。
それだけでも「生き辛そうだな~」というのが、イメージできると思います。
そして第二に言えるのは、障害の攻略難易度の高さです。
併存している障害がいくつもあるので、とりあえずASDに絞り、中でも「強いこだわり」について言及します。
私のブログで「課長」と検索してみました。新しい課長が赴任してきた2026年4月以降で絞ると、20記事がヒットします。
私は、いつも1つの記事で1000文字以上書きますから、最低でも20×1000=2万字以上書いていることになります。
執着が、すごい。
自分でもちょっとびっくり。怖いですね😅💦
普通の人だと、「まぁ仕方ないか」で流せるのかもしれないですし、時間が経つにつれて怒りも薄れていきますよね。
それが、どうしてもできない。
理性では理解できているのに、どうしても頭が騒がしくなるのを、自分でも止められないんです。
「もう終わった話」と理解しているのに、「でも課長の説明の仕方はおかしかったよね?」という考えが何度も戻ってくる。
「自分の繁忙日を意識して、予定を立てるときにはなるべくその日は避けて休みを取るようにしてね。」を言えば済む話だったのに、なぜそれを言わなかったのか。
そういう説明の筋の通らなさがどうしても気になってしまうんですよね。
つまり、正義感やルールへの強いこだわりを持った「頑固一徹おじさん」が、頭の中で絶えず話を蒸し返してくるんですよ。
後から調べてみたら、こういう「頑固一徹おじさん」というキャラクターを作ることを、心理学では「外在化」*1と呼ぶらしいです。
もちろん私も、「私」と「あばれる君」と「頑固一徹おじさん」が全部自分の一部であることは理解しています。
それでも、あまりに頭の中が騒がしいので、キャラ立てしないと説明がつかないんですよね。
まぁ、要するに私は、課長一人に対して2万字以上書かずにはいられない生き物である、ということです。
そりゃ生きづらいわけだ😅💦
あのー、私はバナナの皮で課長を苦しめたいと思っているわけではないんです。
頭の中で同じテーマが勝手にリピート再生されて、それに私はホトホト困り果てているんです。いい加減、ストップボタンを押したいんっす😭
でももう、バナナの皮以外の手立てを思いつかない。追い詰められてのバナナの皮だとご理解いただきたい。
*1:心理学における「外在化(がいざいか)」とは、自分の内側にある感情や思考、悩みを、言葉やイメージ、文字などを使って「外の世界」に出すプロセスを指します。
外在化を行うことで、「自分自身=問題」と捉えていた状態から「自分と問題は別である」と切り離し、対象を客観的に見つめ直すことができるようになります。