うつと発達障害の子3人を抱えても、私は楽しく生きていく。

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発達障害の子にマナーを教えるのは無理?「しつけ不足」を否定したい親の本音

こんにちは。ぱなしのお玲です。

 

うちのマンションは24時間ゴミ出し可能なので、ゴミがたまると袋を縛って玄関先に置いておき、外に出るタイミングでついでに捨てています。

 

そんなわけで昨日、長男と外出する際に、ゴミ袋を2つ持ってもらったんです。

 

この状況、定型発達のお子さんだったら普通に「ハーイ」と快くやってくれると思うんです。しかし長男はASDが入っていますから、素直に従う、ということができません。

 

一応持ってはくれたんですけども、「は?なんで?」としつこく文句を言い、「お母さんが持ちたくないだけだよね?」などと永遠に絡んできます。

 

本当に、こちらからしたら「このくらい文句言わずにやってよ」というところなんですが、向こうは「論理的な対話」をしているつもりですから、両者の温度差がすごいんです。

 

 

素直に従う定型発達のお子さん

 

何でも素直に従うのが常に正しい、というわけではないとは思うんですよ。しかし、ゴミ出しくらいは文句言わずにやってくれ、と言いたいのです。お前だって日々ゴミをクリエイトしてるやろが、と主張したいのです。

 

しかし、相手は発達障害ですから、これがなかなか上手く伝わらないんですよね~。

 

私がそんなモヤモヤを抱えていましたら、発達障害当事者の方がこのような投稿をしているのをお見かけしました。

 

あの時、こうしてくれたらという当事者。

 

「発達障害を抱えた子には、身なりをしっかりするとか年齢相応のマナーを教え込むとか、超基本的なことをまず教育して欲しい。それで人生が楽になるから」ということなんですが、

 

 

「・・・いやいや!ちょっと待てよ」

 

ってなっちゃいましたよね。

 

この方の養育環境がどんなだったかはまったく存じ上げませんし、主張は理解できるし、まったくおっしゃる通りだとは思うんですよ。

 

ただ、私は声を大にして言いたい。

 

超基本的なことは、こっちだって教えてるんです!

 

ただ、素直にできないだけなんです!

 

だからこその障害なんです!

 

と。

 

恐らくワーキングメモリーが低いためにご自身の子供の頃のことをすっかり忘れて、他責思考に陥っているのだと思うのです。まったく悪気はないのでしょう。

 

でもね、本当に、養育している側の視点に立ってくれよという話なんです。

 

身なりを整えようとしても、そもそも感覚過敏だからと着られない服が多すぎます。修了式には式服を着て欲しいのに、そして他の子はみな問題なく着られているのに、この子は白いポロシャツが着用できないんです。

 

年相応と言いますけども、発達障害の脳は実年齢の7掛けですから、例え10才になっていたとしても7才の実行機能しかないんです。「年相応の振る舞い」を期待しないでください。

 

私もね、自分が当事者なんだからわかってあげられる、より良い子育てができる、と思ったこともありました。

 

でも、そんなに簡単ではなかったですよね。

 

私は時々、「自分が読んでいた小説の世界に転生していた」っていう異世界転生物を読んだりするんですよ。そこでは将来自分が断罪されるという未来を知っているから、なるべく同じルートを踏襲しないように避けようとするんですけども、物語の強制力が働いて、どうしてもそっちのルートに行くように修正されちゃう、っていうパターンが多いんですが、それに似てるなとつくづく思いますね。

 

発達障害のね、強制力がすごい。

 

当事者であり、何冊も発達障害の本を読んで、かなりその特性を理解しているつもりでも、ルートを修正するのがいかに難しいか。

 

そして、だからこその障害認定なんだよなぁ、というところに結局は落ち着くというかね。

 

もうね、私の結論としては、いい意味で諦めよう、ってことですね。

 

焦っても仕方がないんです。本人が納得しないものは、できないです。そして、本人が本当に腹落ちするまでには、ものすごい年月を必要とします。

 

私の体感としては、30後半ですね。そのくらいになったら、自分で色々と理解して落ち着きますよ。そこまで待とう、ってことです。

 

身も蓋も救いもないですけども、今のところの結論がそれです。

 

当事者の方の「マナーを教えてほしかった」という言葉は、裏を返せば「教えればできたはずだ」という前提に立っていますよね。でも、育てる側からすれば、「何百回も教えているけれど、特性という強力な『物語の強制力』によって上書きされてしまう」のが現実なんですよ。

 

いやいや、お互い厄介なものを背負わされちゃいましたよね。でも、もうそうやって生まれちゃったものは仕方がないのでね。ぼちぼち、やってきましょうや、という気持ちです。

 

 

 

 

以上、

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

いつも感謝です(人•ᴗ•♡)