うつと発達障害の子3人を抱えても、私は楽しく生きていく。

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障害者手帳は、「優しい社会」へのパスポート。

こんにちは。ぱなしのお玲です。

 

昨日、役所に行って、次男が放デイを利用できるように、受給者証の申請書類を書いて提出してきました。

 

最初「書いて郵送してください」と言われたのを、「今書いていいですか?」と断り、

 

更に「後ろのテーブルで書いてください」と言われたのを、「私も障害者なので、聞きながら書いてもいいですか?」と主張しました。

 

そうしましたら、終始優しく対応していただけました😊

 

本当は後日になるはずの電話聞き取りも「今、やっちゃいましょうか?」と提案していただけて、お陰様で、最短プロセスで物事が進みました。

 

これこれ!

 

私が求めているのはこれなんですよ。障害者だからといって、別に過大な要求をしたいわけではないんです。ちょっとした配慮、ほんの少しの思いやりでいいんです。

 

私も頑張るんですけども、頑張りだけではどうにも上手くいかない部分があり、そこをちょっとだけサポートして欲しいんです。

 

例えば私は、①「後で書く」ということができません

 

脳の実行機能に問題があるので、延々と先延ばしにしてしまう可能性が高いです。だから、「今」やらないといけません。

 

それに私は、②「一人でいるよりも、他人がいる環境」の方が物事を上手く進められます

 

気が散りやすいところがあるので、誰かがいる空間だと

  • 今何をすればいいか意識しやすい  
  • 作業のリズムが保ちやすい 
  • 「見守られている」という安心感がある

ため、その方が格段に取り組みやすいんです。

 

そうした弱点を克服しようとして周囲にサポートをお願いしたときに、健常者であったときは、「ただの我がまま」と見なされてしまい、しんどかったですね。

 

それが障害者になった途端に「合理的配慮」に変わって、優しく受け入れてもらえるのです。

 

実はそれが、とっても不思議。

 

私自身の特徴は何も変わっていないのに、健常者から障害者にラベルが変わっただけで、周りからの受け入れられ方が、180度変わるんですよ。一体、どうなってるんや?

 

どうも、健常者が生きていかないといけないのは「すごくハードな社会」なんですよね。

 

辛さを訴えても「辛いのはみんな同じ」と言われてしまうし、やばいです。これは、この社会の方がおかしいんでないの?と思わざるを得ません。

 

一方、障害者手帳を持っているだけで、「優しい社会」で生きることを許してもらえるようになります。

 

できないことは応相談。むしろ、

「自分の特性を理解して、必要なサポートをお願いできて、偉いね」

「溜め込まずに、ちゃんと自分で上手に主張できて、すごいね」

と、誉められちゃうくらい。

 

こわっ。なんだ、これ。

この落差が怖いよ💦

 

まずはハードな世界でキリキリと締め上げて、ついて行けず脱落して障害者手帳取ったら、その時は優しくしてやるよ、と言っているようなものです。

 

恐ろしいですね😇

 

 

 

以上、

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

いつも感謝です(人•ᴗ•♡)