こんにちは。ぱなしのお玲です。
Xなどで「精神障害を持つことの生き辛さ」を目にすることが多いのですが、そこにはある共通のパターンがあることに気がつきました。
文句や不満が多い人ほど、「他人軸」で自分を測っているのです。
同じように精神障害があっても人生が上手くいっているように見える人のことをひがんで、「勝ち組」「手帳持ちの健常者」などと揶揄して攻撃したり、卑屈になったりしてしまう人の多いこと!
私には、これが不思議だったのです。
なぜ、他人との比較で自分の優劣を測る「他人軸」で生きているのか。
昨日の自分と比べて、少しでも工夫や成長があったら誉める「自分軸」で生きれば、もっと楽になれるのになぁ。
モヤモヤとしばらく考えていたのですが、恐らく、「自分軸」で生きるには自分の「障害受容」が不可欠なのではないでしょうか。
私は、障害受容は下記のプロセスを経て、たどり着くものだと捉えています。
「障害診断⇒障害理解⇒自己理解⇒障害受容」

精神障害を持つ人は、まず病名や特性を知り(障害診断⇒障害理解)、そして自分の過去の失敗と特性を紐付け(自己理解)ます。
しかし、どうやらその先に進むのが難しい。自己理解と障害受容の間には大きな壁があるようなんです。
というのも、
- 自己理解:「知識」の段階。「頭でわかっている」状態。
- 障害受容:「価値観と感情」の段階。「心で受け入れている」状態。
なんですよね。
頭でわかっているだけではだめで、障害を認めて、受け入れて、気持ちを転換しないといけないのです。
障害を持つ自分は、このままで十分価値のある存在であり、他人と比べる必要はない
ということを心で理解することなんですよね。
「精神的な苦痛の多くは、特性そのものと言うよりも、その特性を他人と比較することで生まれる自己否定から生まれている」のではないかな、と思うのですよ。
人と比べても、いいこと、一個もないです。
それよりも
- 今日の自分は、プランク1回できた。昨日よりマッチョに近づいた。すごい。
- 今日の自分は、またブログを書けた。昨日より投稿数が一つ増えた。すごい。
みたいに、自分の小さな進歩を見つけて誉めてあげる。
「自分軸」で生きることで、自己肯定感が上がっていくんじゃないかと思うんですよね。
またひとつ、重大な気づきを得てしまった😊
ちなみに障害受容についてはこちらでも書いています👇
以上、
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
いつも感謝です(人•ᴗ•♡)