こんにちは。ぱなしのお玲です。
本を出したい。
そのための企画書を練っています。
今日は、なんだか難しそうな「著者のストーリー」について。
どうやらね、ただの有象無象がいきなり「こんなノウハウを編み出しました!」という本をぶち上げても、誰も読まないらしいんですよ。
その人がどんな人で、
どんな厳しい逆境に立ち向かって、
その知見を獲得していったのか。
こういった著者の背景がわかると、読んでいて引き込まれ、共感できるようなのです。
だから、そういったものをちゃんと持っている人なのかどうか、企画書に盛り込むとよいそうなんですね。
わかります!
そういうバックグラウンドがなくって、いきなりテクニックだけを提示されても、ちょっと納得できないというか、心に響いてこないんですよね~。
恐縮ですが、逆境にはさらされてきましたので、そういうエピソードはちゃんとあります!
こんなパワーワードが並ぶ人生です。
いや~、私もね、できればもっと華々しい逆境がよかったですよ?
みたいな感じです。
しかし、まぁ、持っているカードで勝負するしかありませんからね、等身大の私でなんとかやっていきます。
そんなわけで「私のストーリー」を作ってみましたので、ちょっと読んでいただけますでしょうか。
■著者のストーリー
幼少期から20代まで、私はずっと「生きづらさ」とともにありました。周囲のように、当たり前のことが当たり前にできない。普通になりたかったのに、その普通がどうしても手に入らない。漠然とした違和感と、「もっと頑張らなきゃ」という焦り。けれど頑張ることすらうまくできずに、悩み続ける日々でした。
やがて結婚し、3人の子供を授かりました。しかし、子育ては想像以上に困難でした。小学校では、教室から突然飛び出す、他のお子さんへの加害、そして自傷行為もあり、毎晩学校から電話がかかってきました。ちょうどその頃、世間ではコロナ禍が始まり、在宅勤務に追い込まれます。怒濤の変化の中で、気づけば私はうつ病になっていました。その後子供たちは、3人全員が発達障害と診断されました。
そんな中、思いつきでブログを始めました。2年半、毎朝書き続けました。発達障害について正面から向き合い、自分を見つめ直す時間でした。
やがて、未診断のままのモヤモヤした状態を捨てて、私自身も発達障害の診断が下りました。お陰でADHD薬の服用につながり、頭の中が初めて静かになりました。
「健常者でいる」ことをやめて、障害者手帳を手にしてみたら、不思議とこの障害を受け入れられるようになってきました。
10年勤めた一般採用の正社員の仕事を手放して、障害者雇用の臨時職員に転職しました。世間の常識では「キャリアダウン」と思われるかもしれません。でも、意外なことに年収は100万円アップしました。
肩の力を抜いて、持っているモノを手放すと、その時に自分に必要なものが自然と入ってくるようになりました。手放しては新しいモノを受け取り、自分を少しずつアップデートしていく。その人生の変化を楽しんでいます。
・・・どうでしょうか。
ご意見ご感想、ありましたらお待ちしております。
以上、
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
いつも感謝です(人•ᴗ•♡)